異論は多々あるだろうが、やはり日本は「野球の国」であろう。他にもサッカーやラグビーなど人気スポーツはあるが、老若男女が細かい戦術にまである程度精通してヤンヤヤンヤと口を出せるのは、野球かせいぜい相撲くらいではないかと思う。私もサッカーは贔屓の札幌だけは全試合観ているが、未だに細かい戦術やフォーメーションなどはどうにも難しくてよくわからない。だが野球はピッチャーの配球や守備シフトにバント戦術等々、子供の頃からDNAに刷り込まれているのか試合の流れや展開などしっくりと理解出来たりする。
その野球だが、今年も日本国民は大いに熱狂した。海の向こうのオオタニさんのベタな野球漫画のような大活躍っぷりはもちろん、春夏の甲子園やプロ野球のペナントレースにクライマックスシリーズや日本シリーズと一年中大いに盛り上がった。さらに今は連日プレミア12ときたもんだ。
そんな野球の神様に選ばれしスーパーエリートたちのキラキラと眩しい姿の裏には、陽の当たらないまま人知れず消えていく者たちが毎年たくさん居る。それでもプロの世界に入れただけでスーパーエリートで、皆おらが町の英雄たち。それこそオオタニさんよりも当時話題になって飛び込んで来た選手もザラに居たはずだ。そんな中、非情にも戦力外となった選手たちに用意された現役最後になるかもしれない晴れ舞台が、トライアウトだ。毎年この寒くなる季節に色々な球場で行われる、戦力外通告を受けた選手やプロを目指す独立リーグの選手が挑む「公開再就職試験」だ。
毎年の暮れに放送されている「プロ野球戦力外通告」で3人くらいの選手に密着取材をする中のクライマックスとして登場するのがこのトライアウトで、私もいつも欠かさず観ている。
10年くらい前だと、その3人中ひとりくらいはどこかの球団で獲ってくれたりしたものだが、ここ数年は全くオファーが無く、あったとしても独立リーグか球団職員くらいでただただ暗い雰囲気のまま番組が終わるという流れだ。それもそのはず、今年の夏には悲しいニュースが流れた。
NPBの各球団スカウトは普段から他のチームの選手の様子は常にチェックしているので、「トライアウトを見て獲得を決めることは無い」そうだ。やっぱり、そうだよね。。
最近のトライアウトは「再就職試験」ではなく、「引退試合代わり」、「思い出作り」になっているのだ。しかも今年限りでそんな場も無くなってしまうという。何とも寂しい限りだが、最後なのであれば現地に行ってかつての野球エリートたちの最後の晴れ舞台を見届けてやりたくなった。調べると、今年の会場は関東らしいのでちょうどいい。
注)この先はトライアウトの細かい内容まで触れる恐れがあります。年末の番組まで内容を一切知りたくない、という方にとっては憎きネタバレになる可能性がありますので、ご注意下さい。
というわけで去る11月14日(木)、電車に揺られてはるばるやって来たのは、
海浜幕張駅だ。
言わずと知れた千葉ロッテマリーンズのホームタウンだ。
電車からぞろぞろと降りたリーマンや学生さんたちは北の方へと消えて行ったが、こちらの海側へと歩くのは何かしら野球グッズを身に着けた人々だ。とりあえず彼らの後を追えば目的地には着く。
歩道橋を渡るとチラと見えて来た。
エルが小躍りしそうな道をずんずん進む。
やがて到着したのは、
「zozoマリンスタジアム」だ。ここが今年の、そして最後のトライアウト会場なのだ。
9時開場、10時開始なのだがジジイの性で早めの電車に乗って9時前に着いた。平日だしきっとヒマな年寄りがポツポツと数名居るくらいだろ、と思いきや、
既にけっこうな数の人が集まってはる。いやー、皆さんスキモノというかヘンタイというか。。
ちなみにこのトライアウト、てっきり無料で開放されているのだろうと以前から思っていたのだが、しっかり有料だった。
やがて9時になり、続々と入場を開始した。
このスタジアムも築34年だけあって、内部はけっこう古さが目立つ。この夏に訪れたエスコンフィールドに比べると、廊下の造りなど昔ながらのスタジアムという雰囲気だ。
その昔、ここがまだ千葉マリンスタジアムと呼ばれていた90年代。幕張にあるオフィスにちょっとだけ通っていた頃、あるヒマな日のアフター5に同期数名とロッテvs西武戦をフラっと観に来たことがある。その頃のロッテは今は亡きあの伊良部がエースでブイブイいわせており、これまた今は亡き日ハムの大沢親分から「伊良部クラゲ」と呼ばれて恐れられていた。かたや西武には未だ番長ではない頃の清原が君臨しており、伊良部との対戦では名勝負を繰り広げていた。試合前に外野をランニングする清原に向かってライトスタンドでビールを呷りながらヤンヤと歓声を浴びせたのが懐かしい思い出だ。
おお、金やんの時代のロッテ・オリオンズだ。懐かしい。この永らく使用していたユニフォームは、ホームとビジターで地の色を変えるだけというシンプルさ。ある意味、ドジャースっぽい。
席へと座ってみると、11月とは思えないほどの日差しが強烈に降り注いでいた。
方角を考え、午後の西陽は避けたいなと考え一塁側の席を取ったのだが、
大失敗だった。午前中の日差しがこんなに強烈とは思わなかった。
ちょうどサッポロの売り子ちゃんが来たので、
まだ9時過ぎだがあまりの暑さにたまらず一杯。もう何年も野球場には来ていなかったので昨今の物価高がどんなものか恐ろしかったが、まさかの850円。1000円くらい取られるのかと覚悟していたので、拍子抜けだった。
かなりセールストークに長けたおそらくジジイ殺しな売り子ちゃん曰く、「さっき三塁側にも行ったんですけどぉ、すっっっごい寒かったですぅ♡」とのことだった。ビールを飲むだけなら、一塁側で正解だったかも。
フィールドでは参加選手たちがキャッチボールやトスバッティングといったウォーミングアップをしつつ本番に向けて気持ちを高めていた。
開始時刻が近づくにつれ、続々と周りの席が埋まっていく。今回初めて来てみたのでわからないが、いつもこんなものなのか、はたまた私と同じく最後だからとやって来た人が多いのか。何かしら野球グッズを身に着けた人が多くやはりロッテな人が多いが、その他にも様々なチームグッズがちらほら目に付くのがトライアウト独特なのだろう。
そんな中、見たことのないオレンジ色のレプリカを羽織ったファンキーなお兄さんが、
「よーー!!!!」
と突然大音量でフィールドへ声援を送った。
すると同じオレンジ色のユニフォームを着た選手がその声援に手を上げて答えた。そうか、どこかの独立リーグの選手の熱狂的なサポーターだな。
だがよく見るとそのファンキーな兄さんの横には仲間らしきのが居て、ちょっと前の日ハムのパープル系の限定ユニフォームを着ており、その背中は1番でネームが「YOH」とある。
ん??日ハムでYOHで1番??
まさか、陽岱鋼??
慌ててスマホで調べると、いつのまにか巨人を退団した後に北米の独立リーグを経て現在は2軍のイースタンリーグにだけ参加しているオイシックス新潟アルビレックスに所属する陽岱鋼がトライアウトに参加する、とあった。マジか。日ハムと巨人で計1100本以上ヒット打ってる大物のまさかの参加だ。まぁ、、でも37歳か、、、
やがて3塁側に参加者が集められてミーティングが行われた。ぱっと見、ひとりだけ鮮やかなオレンジ色はもちろんだが、ソフトバンクのユニフォームが目立つ。あれ?ここ数年の様子を観る限り、NPBの他にも独立リーグ系から夢を抱いて参加する者もそれなりに居たはずだが、今年はド派手な広告だらけのユニフォームが見当たらないな。参加資格から除外されたのだろうか。
ミーティングも終わり、いよいよ最後のトライアウトが開始された。
先ずは野手たちがそれぞれポジションについてシートノックから始まった。上手い具合に全てのポジションに参加者が居るわけではないので、ファーストなどには大学かどこかの野球部員だろうか、お手伝い要員がついていた。
皆、戦力外になったとはいえ、ほんのちょい前まではれっきとしたプロ野球選手。当たり前だが皆さん上手くていい動きで、素人目には誰もがまだまだ出来そうに見えてしまう。
ライトについた陽岱鋼は37歳とは思えない好返球を見せ、軽くスタンドを沸かせていた。
シートノックが終わると、次はいよいよシートバッティングだ。その前にグラウンド整備の人たちが出てきて、ほとんどの参加者にとっては現役最後となるであろう晴れ舞台を丁寧にならし、心をこめて白線を引く。さっきまであれだけ暑かった強烈な陽射しは、いつのまにか雲に隠れてかなり楽になっていた。
このシートバッティングは投手がそれぞれ二人の打者と対戦する。以前は三人だったと記憶しているが二人だと投手にとっての見せ場はあっという間に終わってしまう。それに対して野手はシートノックもあるし、打席も四回はまわってきていた。若干投手にとっては不公平な感じは否めなかった。
スコアボードには投手名と、対戦する二人の打者名が表示される。あとは、アウトカウントは関係ないのでボールとストライクのカウントと、スピードガン表示だけというシンプルさだった。
参加者の多くは三桁背番号の育成の選手だが、たまに二桁の番号が出てくると「お!?」となる。
そこで役に立つのは三井に勤める友人から毎年もらうプロ野球手帳だ。
市販の名鑑と違って情報は少ないが、今回初めて役にたった。ありがとう、Yちゃん。
たまに周囲から熱烈な声援が飛ぶのでその都度プロ野球手帳を見るが、やはりロッテの選手や千葉県の学校を出ている選手に温かい激が飛んでいたようだ。
たった二人の打者なので、投手はハイテンポで交代していく。
投手の中には140km/h代後半を出すのもたまに出てくる。素人には「まだやれないのかね?」と思うが、プロのスカウト陣から見たら残念ながらお眼鏡にはかなわないのだろう。
野手の方は鋭い打球はほんのちょっとしか見られず、全対戦終了までついにホームランは一本も出なかった。
あまりにポンポンとハイテンポで進んでいくので、「これ、午前中で終わるんじゃね?」と思ったが、なんと昼休みが入った。たしか45分ほどのインターバルの最中に、「・・・もう、ここいらでいいかな・・」と3度ほど帰ろうかと思ったが、都度首を振って思いとどまった。これで最後のトライアウトなんだから、終いまで見届けてやろうじゃないか。
さて昼飯をどうしよう。休憩と同時に皆ゾロゾロとコンコースへ買いに行くが、混んでそうだ。休憩残り10分あたりで「そろそろいいかな?」と行ってみるとまだそこそこ並んでいて、しかもロッテリアなどどこもほとんどがSOLD OUTの哀しい札が目立った。うーーん、終わったら駅前で吉野家でも行って遅いランチにでもすんべかと、諦めて席へと戻った。するとどこで売っていたのやら、周りではモツ煮を食う人がけっこう居た。しかもビールも飲まずに。あの飲兵衛を刺激する独特の臭みに耐えながら、午後の開始を待った。腹減った。
そうこうしているうちに午後の部がスタートした。
午前中のオレンジ色から午後は青色にユニフォームを着替えてきた陽岱鋼は、この日4回打席に立ってノーヒットに終わった。
この日の参加がおそらく最も話題に上っていたのはこの人、
日ハムの柿木蓮投手ではないだろうか。何と言っても、大阪桐蔭で3年夏の甲子園の優勝投手だ。高校時代の実績だけ見れば、オオタニさんよりも華やかなのは間違いない。
なおこの日、最もスタンドを沸かせたのはこの人、
清宮幸太郎、ではなく楽天の清宮虎多朗(せいみやこたろう)投手だ。雄叫びを上げながらの力投で150km/h連発。
MAXなんと154km/h。これ、どこかとりあえず安値で買っとけばいいんじゃないの?ダメもとで。ノムさんが生きていたら、再生工場で見事に復活出来そうな気がしないでもないが。(注:後日、本家清宮が居る日ハムが育成で獲得とニュースが出ていた)
野手で気になったのは、広島の曽根選手だ。小柄だがいかにもセンスの塊といった雰囲気で内野守備も軽快だし、一本外野オーバーの鋭い打球を飛ばしていた。まあでも、、そんなにいい選手ならトライアウトまでに声がかかっている、ってことなんだろう。
そしてこの日、いかにも暮れの番組的に注目度No.1だった選手が居た。
ヤクルトの西田明央捕手だ。実績やプレーというより、打席に立つ度にスタンドから「パパぁーーーー!!!」といたいけな声援が飛び、あまりに切ないのだ。おそらく幼い息子さんが大好きなパパは、ヒーローなのだろう。こちらとしても「パパ、ガンバレ!」と祈らずに居られないのと同時に、「頼むからTBSのヤラセ、仕込みでありませんように」と願わずにも居られなかった。
このシートバッティング中は、次に投げるピッチャーが三塁ベンチの前でアップをしているのだが、いつのまにか誰もアップしなくなった。
元ロッテで2019年に引退してから大学に行っていたという異色の挑戦者、島投手を最後にこの日集まった全ての野球人たちのプレーは終わった。
細かい表情まではわからないが皆おそらく一定の区切りをつけて晴れ晴れとした様子で観客に手を振り、スタンドは熱い拍手と声援を送っていた。
おそらく多くの選手がこれにて野球人生は終了となるのであろうが、彼らの第二の人生がどうぞ幸せなものになりますように。
結局昼飯は食いっぱぐれてしまったが、
スタンドでイヤというほど嗅がされたモツ煮が忘れられず、セブレブで買ってから家で一杯やった。やはり安定の美味さだった。